たまたま続けて聞いた、2本の落語、それだけでここまで論じていいはずも無いのですが、
ふと、感じたことなのでまとめておきたい。

「雁風呂」 -米朝
ある宿場に屏風が出されている。そこに描かれている絵の意味を誰もわからない。
水戸光圀も、わからない。 分かった旅人に話を聞く。
その人物は淀屋辰五郎。
財産没収となったが、諸大名から借金の返済を求めて諸国を歩いているとのこと・・

「鴻池の犬」 枝雀
大阪は船場の商家で子犬を3匹飼うことになった。白・黒・斑
そのうち黒を、鴻池家が欲しがって貰い受けられていった。
鴻池家で立派に育った黒の、幼いころ別れた白が落ちぶれて黒の前に現れる。
黒は白にいろいろと振舞う・・・・


気になったことは登場人物の必然性。
雁風呂では物知りの人物の代表に水戸光圀、彼に絵解きの講釈をするのが大阪の大店淀屋。
淀屋が非常に好意的に扱われており、幕府に財産没収されたことへの庶民の同情が反映されている。 
反体制的な庶民文化において、資産家が好意的に描かれていることに驚く。
江戸時代の大阪において、幕府の介入を排することができた理由は、
船場の商人たちの自治能力と経済を基盤にした庶民との一体感ではないかと、
感じられた。

同じく、鴻池の犬、についても、ただのお金持ちに飼われている犬、
と言うことにはなっていない。
船場の商人の家に、鴻池の使いがやって来て犬を丁重に貰い受ける。
犬ごときに何を・・を笑いにしても、決して非難めいた語調にはならない。
権力に対置される庶民文化の落語で商家はこれだけ愛される存在なのだ。

思えば「百年目」でも店の主人は大変好意的に描かれている。
番頭をはじめとした店の者たちを温かく見守っている。
権力側の人間を信頼している。

大阪の庶民文化、大阪の商人、というと反体制的、あるいはがめつい
という今日的な解釈があるが、江戸時代から戦前にかけては
街の誇り、自治の中心としての資産家・商家がある。
船場の商人も大変良識的に描かれることが多い。

こうした大阪の印象は、いつから代わって行ったのだろうか。
2009.10.27 Tue l つれづれ l COM(0) TB(0) l top ▲
太宰治 最後の大傑作と言われる、人間失格を読了。
自分の人生は誰にとっても文学の糧であるとしたら、それを売り渡すことは職業作家としては限界か、あるいはスタート地点だ。大江健三郎の「個人的な体験」は自分を切り売りしながらもある水準で達観し、突き放している。そのスタンスを守りながら大江はいつまでも描き続けられるのだろう。太宰にはそれができなくなり、全てを手放して絶命したのだと思えた。
太宰もここまで売り渡す自分を、自分に近しく描かなければ、もう少し延命できたのではないか。この作品の先に大きな作品を物することができたのではないか。独白の文体で誰もが知っている己の人生を語れば、それはもう文学ではない。スキャンダルのセット販売だ。しかし、独白で書かれる事で読者一人一人に打ち明け話をする作家の姿が耳元に佇むとなれば、十分な効果を上げていると言える。その手の話が人間は好きなのだという下世話な計算があったとしたら、なにもここまで自分のことを書く必要はなかったであろう。太宰は自分と作品を切り離せなかったのだ。
ストーリー展開の陳腐さが、現実ゆえに許されている。覗き見、偶然、立ち聞き、打ち明け話など、実体験ではどれだけ起こりうるものだろう。そうしたもので狂言が回される文学はメロドラマに堕してしまうか、あるいは現実の都合の良い断片の収集だ。
独白の文体は危険だ。読者と親密な関係を築ける反面、作家を信用しない読者は過剰に拒絶するだろう。『僕は本当はこんな人間なんです。』という会話は、親しい友人との間ではまずしない。しているとしたら、その人とは親しくない。あるいは場末のバーで偶然隣り合った他人同士が眠れない退屈な時間を埋めるために、語るほどの教養も無く、最後の、最安値の話題を切り売りする口調だ。
この作品のすごさはそこまで堕ち切った自分を、堕ちるままに描ききったことにある。
だとすれば最初と最後の写真のエピソードは潔いとは感じられない。それとも、そこだけでかろうじて文学の体裁を保っているとも言えるだろう。
2009.10.20 Tue l その他・批評感想 l COM(0) TB(0) l top ▲
壇上で大仰に感謝の弁を語る斉藤の姿を、仙崎は苦々しく眺めていた。
死肉を食らって肥え上がった豚め。奇麗事を語れるほどお前の息は匂わないつもりか。
仙崎は歓喜の熱気の充満した事務所の中ではそれ以上呼吸をすることができなかった。
外の空気が吸いたかった。無責任と無気力と無関心に中和されつくした味も温度も無い空気が吸いたかった。
作り笑顔を維持し続けるのも、一街区先までで十分だった。参謀として支えた親友が勝利した満足感を演出するには十分であっただろう。人間の集団真理は恐ろしい。20坪ほどの選挙事務所は必要以上の気が満ち溢れ、正気を溶解させていた。振舞い酒が追い討ちをかける。達磨の目が見開く。斉藤はその場に君臨する勝者で、勝ち馬を讃えるギャンブラーたちリターンを胸算用する。仙崎は2街区先の、川、と言う字ほども流れてはいない小さな都会の溝べりで、それでも少しは動いている空気を胸に入れた。鼻からはとても通せない、小動物とそれらの生活を支える人間たちの残飯に満たされた空気ではあったが、事務所の魍魎どもの呼気よりも幾分すがすがしかった。なによりも、笑顔を作る必要が無い。仙崎は己の顔をだらしなく弛緩させ、無理に吊り上げ、心と表情を一致させる運動を数回繰り返した。
2009.09.20 Sun l 文章 l COM(0) TB(0) l top ▲
ありがとう
今夜こうして、なによりも満たされた笑顔のみなさんに囲まれて、
この壇上にいられることで、
北風の吹き降ろす2月の海辺から始まったこの戦いが、
全て成就したことを実感できます。

たくさんのものを犠牲にしてきました。
少なくない金額を使ってきました。
それらは全て、ここにいる皆さんを初めとした、
私たちのリーダーシップを信じてくれる方々から集められた
ありがたい支援でした。

私たちはこうして費やされた時間と、費用と、労力と、知恵が、
この勝利によってもたらされた権力が、
私たちの未来を導くことを期待されていると、
責任と自覚と自信を持って受け止めます。
2009.07.07 Tue l つれづれ l COM(0) TB(0) l top ▲
瞳を閉じて

作詞 : 荒井由実
作曲 : 荒井由実

風がやんだら 沖まで船を出そう
手紙を入れた ガラスびんをもって

遠いところへ行った友達に
潮騒の音がもう一度届くように
今 海に流そう

遠いところへ行った友達に
潮騒の音がもう一度届くように
今 海に流そう

霧が晴れたら 小高い丘に立とう
名もない島が 見えるかもしれない

小さな子供にたずねられたら
海の碧さをもう一度伝えるために
今 瞳を閉じて
今 瞳を閉じて



yumingoo
2009.06.15 Mon l 音楽 l COM(0) TB(0) l top ▲