こどものころ、食事を作る母の手元を見ることが、僕は好きだった。
ぼんやりと、何もすることが無い夕方、
すいたおなかをかかえて台所をのぞきこむ。
母は僕を気にもとめず、淡々と玉ねぎを刻んでいた。
僕は涙が出ないようにと少し離れて見ていた。
急に母は振り返ると、玉ねぎの汁のついた左手で僕の瞼を押さえた。
ふふっと明るく小さく笑って、またもとの作業に戻る母。
涙を流しながら、動けない僕。
夕凪の時間、風が止まって潮の匂いが濃くなる。
街燈は建物の陰のものから順番に点灯し始めた。
こどもの声が聞こえなくなる。
別に訴えたからとて、どうなるわけでもないのだけど、
なんとなく言ってみる。
「おなかすいた。」
「もうすこしだから。」
そんなことはわかってる。そのもう少しを、僕は今日も待っている。
野球の中継はまだ始まってない。
部屋の明かりをつけるほど暗くはないが、新
聞を読むには光が足りない。
だから僕は、料理をする人の手元をみていた。